「さーて、今日はどこにしようかな〜」
半ば強制的に連れてこられた私は、鼻歌混じりに前を進む友人の後を歩いていた。
「・・・大丈夫かな」
肉体的な疲労を残さないとは聞いているけれど、私の目で直接確かめる事が出来ない為、不安を拭いきれない。
「私の体なのに、おかしな事だけどね」
「なに一人で笑ってるんやフェイトちゃん。ストレス溜まり過ぎて幻聴でも聞こえたんか?」
目的の店を前にしたはやてが、振り返って私に言葉を掛ける。
これからの食事が楽しみなのか、緩んだ頬から彼女の心境を一目で知る事ができ、その表情を崩す事が躊躇われた私は、中途半端な嘘を吐いた。
「いや、ちょっと仕事のことを考えていて・・・」
「そんなん忘れてしまい。只でさえきつい仕事なんやから、休める時に休んどかんと身が持たんで」
「そう・・・かな」
「そうやそうや。よっしや、今日は飲むで」
「は、はやてっ!!」
いつの間にか私の後ろに回り込んだはやてに背中を強く押された私は、抗議の声を上げる間もないまま店の中へと入っていった。



飲み屋には今まで片手で数える程しかきた事がない私だけれど、この店の雰囲気がよい事は何となく分かった。
静か過ぎず、騒がしい程ではなく、軽い談笑を交わしながら食事をするには丁度良い店だと思う。
辺りを見回していると、店の店員であろう女性が私達の人数を聞いてきた。
「何名様ですか?」
「何名に見える?」
余程気分がいいのか、ニコニコしながら店員に冗談を言うはやて。
「すいません、二人です。出来ればテーブル席をお願いできますか?」
「あっ!!」
「はい、分かりました」
悔しそうな表情を浮かべるはやてを見て小さく笑った店員は、部屋の中央、カウンターと真向かいの壁側に用意された四人用のテーブル席に向けて手を伸ばす。
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
席に座って軽く会釈を返す私の前の席にはやてが座り、拗ねて口を尖らせたまま文句を言う。
「フェイトちゃんの意地悪〜」
「意地悪はどっち?店の人が困ってたよ」
「あの人とは顔馴染みやから、あれが冗談言うんは承知の上や」
それを聞いた私は悪い事をした気がして、声が小さくなった。
「でも・・・」
「ま、そこがフェイトちゃんの良くも悪いところやからしょうがないか」
「それは褒めているの、貶しているの?」
「どっちでしょう?」
「・・・はぁ」
今日は本当に気分が良いみたい。
「まぁ、それはもうええわ。今日は私のおごりやから、遠慮なく飲んでしまっていいよ」
そう言って財布を取り出しテーブルの上に置くはやて。
「そんな、悪いよ・・・」
腕を組んで胸を張るはやてに言葉を返す。
「只でさえ色々と迷惑を掛けているんだから、これ以上は甘えられないよ」
「水臭いでフェイトちゃん。一緒に死線をくぐり抜けてきた私達の関係はそんなもんじゃないやろ?」
「それは、そうだけど・・・」
「それに―――」
右手拳を作って親指だけを立てたはやては、その指で自分を指した。
「迷惑なら私の方が数倍は掛けてる自信がある!!」
自信満々の顔で言い放つ彼女を見て、私は本日で一番重いタメ息を吐いた。
「そこは威張るところじゃないよ・・・はやて」
「ふふふふ・・・」
「・・・ふふっ」
重く吐いていた息が、いつの間にか笑顔に変わる―――心の距離をあっという間に縮めてしまう所も彼女の魅力なのだと、改めて感じた。
「その代わり、惚気話も沢山聞いてもらうけどな、あんまり幸せそうやからって、なのはちゃんに妬きもち妬いたらあかんで?」
「妬かないよっ」
「それじゃ、私がトイレに行っている間に適当に注文しといて。フェイトちゃんの好きなもの頼んでいいから」
「あ、うん・・・」
席を立って先程の店員さんにトイレの場所を聞き、何度も来ているから知っているでしょと突っ返されたはやてを見て笑った私は、視線をテーブルの上に移す。
「うーん、どうしよう・・・」
テーブル横に立てられたメニューを取り出し、内容を確認する。
そこに並んだ名前の大体は食べ物の名前が使われている為推測ができるが、幾つかは知らない食べ物の名前が書かれていたり調理法が分からないものであり、私は無難な名前の料理を注文する事にした。
目を通していない料理がないかもう一度確認し、手に取っていたそれをテーブルに置く。
すると、目の前の席に置かれた財布が目に入った。
「信頼してくれるのは嬉しいけれど、無用心過ぎるよ・・・って、あれ?」
黒の縦長の財布をよく見ると、二つ折りの間に白い何かが挟まっていた。
「これって・・・」
悪い事だと思いながらも取り出すと、それは白い封筒だった。
「何だろう・・・これ」
任務に関連したものは肌身離さず持っている筈だから、これはそれほど重要ではない物。
「もしかして・・・」
――なのはちゃんに妬きもち妬いたらあかんで?
「そんなこと・・・っ。大体、これがなのはって子に関連したものかも分からないし・・・」
封筒の口は開いた状態で、中には紙が折り畳まれて入っているだけ。
中身を見れば・・・少なくとも今のこの気持ちを落ち着かせる事はできる。
「・・・ごめん、はやて」
私は封筒から紙を取り出し、折り畳まれたそれを開いて中身に目を通す。
するとそこには、誰かが他人に向けて思いを綴った文章が載っていた。
具体的な名前は書かれていないから推測の域を出ないけれど、想いを向けられているのがはやてだという事は確信できる。
紙は全部で二枚入っていて、もう片方ははやてからの返事だった。
「・・・」
はやての手前さっきはあんな事を言ったけれど、はやては私の無二の友達であり、正直な事を言うと、なのはという子に対して嫉妬に近い感情を抱く事もあった。
だけれどこの文章を読んだ今、私はなのはという子をもっと知りたいと強く思った。
彼女は心からはやてに感謝をしていて、はやての力になりたいと強く思っている―――そこに共感した事も理由の一つだけれど、毎日どんな事を考えて過ごせばこんなに優しい気持ちを持つ事ができるのか、直接会って聞いてみたい。
居ても立ってもいられなくなった私は懐からメモ帳を取り出すと一枚破り、上着のポケットから取り出したペンでそれに文字を書き始める。
「はぁ〜すっきりした」
「っ!?」
トイレから出てきたはやてを見た私は、慌てて破った紙を文章の書かれた紙とまとめて封筒に入れる。
店員に言葉遣いについて注意というなのツッコミを受けているはやてを見ながら財布に封筒を挟み込み、不審な動きを悟られない為に急いでメニューを手に取りじっと見つめる。
もちろんそんな状態で文字の内容が頭に入ってくる筈もなく、私ははやてが来るのをそのまま待ち続けた。
「お待たせ、フェイトちゃん」
「おかえり」
「もう何か頼んだ?」
「あ、ごめん。まだ頼んでない」
「そか、あんまり悩み過ぎんで気軽に言うてもらってええよ」
「うん、そうするね」
良かった―――心の中で安堵の息を吐きながら、私は先程決めていた料理を注文した。



「おはよう。なのはちゃん」
階段を下りて牢獄の前まで来た私は、椅子に座って窓の外を眺めているなのはちゃんに声を掛けた。
「あ、はやてちゃん!!」
振り向いた彼女の表情はすぐに可愛らしい笑顔に変わり、鍵の付いた檻の前まで来てくれる。
最近は今のような表情を自然に行えるようになり、見守っている方としては非常に嬉しい事だった。
鍵を開けた私は痛いほどに冷えた柵を掴んで扉を開き、中へと入ると早速なのはちゃんに手紙を入れた白い封筒を見せる。
「じゃーん!!これが何か分かる?」
「え?」
突然の質問に首を傾げるなのはちゃん。
うーん、と何度か声を上げた彼女を見たところで私は答えを返した。
「なのはちゃんの書いてくれた手紙の返事や。といっても・・・書いたのは私やけどな」
今の彼女を取り巻く状況から考えると、私以外の人間がなのはちゃんと関わりを持つとどちらも不幸になる可能性が高い為、これが今できる精一杯だった。
「そうなんだ」
「ごめんな、もう少ししたら他の人からも返事がくるようになるから」
「大丈夫だ。私ははやてちゃんからの返事でも十分嬉しいよ」
「ありがとう、なのはちゃん」
「お礼を言うのはこっちだよ・・・」
中身を取り出した封筒を机の上に置き、入っていた紙を読み始めるなのはちゃん。
しかし折り畳まれた手紙を開く際に、小さな紙切れが地面に落ちた。
「あれ?」
「?」
入れた記憶の無い物を拾い上げるなのはちゃんを見て、私は声を掛ける。
「なのはちゃん、それって―――」
「・・・とても素直で可愛らしいですね。読んだこちらまで心が温かくなりました」
「っ!?」

読み上げられた文章。
それは、私が書いた覚えのない言葉だった―――










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