「はぁ・・・寒いなぁ。私の息も真っ白や」
白い息が宙に霧散して色を無くす様を身ながら、気温が低い事を改めて口にするはやて。
彼女の目的がその事を私に伝えるのではなく、単なる同意を求めているものだった為、私は相槌を打った。
「そうだね・・・大丈夫かな。あの子達」
温暖設備は十分とまではいかないけれど、寒さに凍えるほど貧相な造りでもなかった筈―――暖炉の数や配置のレイアウトを思い浮かべ、私自身を安心させる。
「大丈夫やで。フェイトちゃんの考えた配置が正しく動いていれば、孤児院の中は文句の付けようがない位に暖かいよ」
「そう・・・かな」
私の名前が出てきたため、素直に頷く事を躊躇ってしまう。
「自信を持って言えるで。なんたって、各部屋の隅々まで移動して確認したからな」
「でも、それなら私もしたよ?」
「膝立ちで両手を広げて、あの子達に合わせたで?」
「っ!?」
思わず笑ってしまった私は、吊り上った頬が完全には戻っていない状態で感謝を述べる。
「流石です・・・ありがとう、はやて」
「どういたしまして」
話の為に左右に広げていた手を戻したはやては、進行方向へ顔を向けた。
「それじゃあ、急いでいこか。皆、きっと楽しみに待ってるで」
「うん」



孤児院に着いた私達は、いつもは賑やかで楽しそうな笑い声が聞こえるそこが妙に静かな事に違和感を覚えた。
「妙やな・・・いつもは少し五月蝿いくらいやのに・・・」
「そうだね・・・」
はやても同じことを感じたらしく、私はそれに相槌を打ってからベルを鳴らした。
「・・・・・・」
・・・やっぱりおかしい。いつもなら何人かの子供たちが走ってきてくれるのに―――もう一度はやてに目配せすると、彼女は無言で頷いた。
それを次の行動の了承と受け取った私は門の取手を掴み、手に力を込める
「お姉ちゃん!!」
「!!」
突然聞こえた声に驚いた私は、急いで門を開ける。
するとそこには、息を切らした少女が立っていた。
立っていると言っても辛うじて座っていないと言える程度のものであり、私達の顔を見て安心したのか、尻餅を突く様に座り込む。
「大丈夫?」
急いで駆け寄って彼女の側で膝を付き、背中に手を当てて体を支える。
「フェイト・・・お姉ちゃん」
苦しそうに呼吸を繰り返す少女の様子は、今の孤児院に只事ではない事が起きている事を否応無しに実感させる。
「うん、そうだよ。私が来たからもう大丈夫。安心して」
「おねぇちゃ・・・っ!!」
少女は私の服を強く掴み、顔を胸に押し付けて泣き出してしまった。
「よしよし・・・怖かったんだね」
体の向きを変えて彼女を抱き締め、声を掛けて頭を撫でる。
「辺りにはそれらしいもんはないな。敵襲とは違うか・・・」
「はやて、ここは大丈夫だから。早く皆の所に行ってあげて!!」
「分かった。それじゃ―――」
「あの子が・・・あの子なの・・・」
「・・・?」
しゃくり上げながらも声を絞り出す少女の言葉に耳を傾ける。
はやても足を止めて私に近付き、少女の次の言葉を待った。
「最近来た新しい子が、急に怒り出して・・・先生や皆をぶったの。皆が痛いって言うのに、全然止めてくれなくて・・・」
「・・・・・・」
最近来た―――その言葉で誰なのかが分かり、そして皆に暴力を振るう理由さえも分かってしまう私にやり場のない怒りが込み上げ、また同じくらいに・・・悲しかった。
「はやて・・・この子、お願いしてもいいかな?」
「お姉ちゃん?」
「フェイトちゃん・・・大丈夫か? 私が叩き伏せてきてもええんやで」
「ううん。今回は、私にさせて」
「そか・・・ありがとな」
「お互い様だよ。あの時に引き金を引いてくれなかったら私は―――」
「っ!!」
その瞬間、私を掴む腕の力が一段と増した。
「怖い・・・止めて・・・」
更に状態が悪化した少女の様子を見た私は、一つの・・・そして最悪の可能性を頭に思い浮かべた。
「フェイトちゃん、その子もしかして・・・」
「はやて、この子をお願い!!」
「フェイトちゃん!!」
半ば強引に少女の体をはやてに預け、私は全速力で孤児院の中へと向かった。



「皆、大丈―――」
ドアを開けて室内の様子を確認しようと顔を動かした私の耳元を、鋭く何かが通り過ぎる。
突然の事に驚いて後ろを振り返る前に、ガラスが勢い良く割れる音がした。
「な・・・」
「きゃあああ!!」
「来るな!!」
幼い、しかし凛とした声のした方向を見ると、そこには予想した通りの少女がいた。
それに加えて、彼女が手に持っている殺傷道具についても、私の嫌な予感が的中した。
反動で床に尻餅を着いた少女は素早く起き上がり、両手で黒に染まった拳銃を構える。
それがハッタリであるかどうかなど・・・議論する余地もなかった。
「フェイトさん!!」
「お姉ちゃん!!」
僅かに瞳を動かして確認すると、部屋の隅に孤児院の先生と子供たちが固まって座っている姿が見え、少しだけ安心する。
今の少女を刺激するのは非常に危険な行為であり、最も避けなければならない事。
一塊になってさえいれば恐怖のあまりに一人で動き回る子供もいなくなり、不慮の事故は避けられる。
「・・・君、どうしてこんな事をするの?」
一歩だけ近付きこちらに注意を引き付け、少女に説得を試みる。
「五月蝿い!! お父さんを殺したのは誰だ!! 殺してやる!!」
「・・・・・・」
見開かれた瞳には憎しみしか映っておらず、それが少女を悲しいほど大人びて見せていた。
「・・・君みたいに悲しい事故で両親を無くしてしまった子は、ここに沢山いるんだよ。そんな子に向かって酷い事をするのは、間違っていると思う」
その言葉を聞いた少女は納得するどころか瞳を更に鋭いものへと変え、拳銃を強く握り締める。
「事故なんかじゃない!! 殺されたの!! これで頭を打ち抜かれて、血を流して死んじゃったの!!」
「・・・・・・」
数日前の夜の出来事が頭に甦って後悔が胸を締め付けるけれど、私は悲しいくらい・・・こんな時の気持ちの処理に慣れ過ぎてしまった。
「crystal cage」
「っ!!」
少女の足元に魔方陣を展開してすぐに魔法が発動し、二メートル四方の黄色の立方体が彼女を捕獲した。
「何これ・・・」
「魔法だよ。これで君の拳銃は、誰も傷つけられなくなった」
「そんな事・・・きゃあっ!!」
「bind」
少女が驚いている隙にもう一つ魔法を発動させ、立方体の内側から黄色い縄を出現させて少女の両手首を縛る。
持ち主を失った拳銃が床に落ちた事を確認してから、私は少女の立つ場所へと歩き出した。
「くっ・・・」
睨み付ける視線を受け流して机と椅子が散らかった木の床を足早に歩き、少女の目の前で膝を曲げて座った。
叱咤される事を予想したのか、少女の表情には僅かに怯えが含まれていたけれど、彼女に聞こえる程の小さな声で発した私の一言で、一瞬にして怒りに染まる。
「君のお父さんを殺したのは、私だよ」
「っ!? ・・・お前っ!!」
私に近付こうと動かした体は腰を縛るもう一本の縄のせいで叶わず、悔しさから歯軋りをする少女。
「・・・君ではまだ私を殺せない。もっと力をつけて、私に復讐しに来て。ただし孤児院の他の子や職員さんは無関係だから、手を出さないこと」
「絶対に・・・殺してやる」
「どうぞ」
飄々と返事を返した私は正方形の中に手を入れ、中から拳銃を取り上げた。



今日は日が悪いからと言ってすぐに孤児院を出た私は、門の側で待っていてくれたはやてを見つけた。
「待っていてくれてありがとう、はやて」
「・・・・・・」
腕組みして門の柱に背をつけて立つ友人の声色には、隠す気のない不機嫌が含まれていた。
「・・・機密情報漏洩。あの子が他のナーガの連中に言えば、敵は一人じゃなくなるで? どうするつもりや」
「もちろん、全部受けるよ」
返事の内容とタイミングは一瞬だけ彼女の感情を逆撫でたけれど、それはすぐに諦めへと変わった。
言葉を飲み込み、溜めた息をそのまま吐き出す。
「『人を殺した人間は、殺される義務を負う』とか言うんやろ、どうせ」
拗ねた言い草を気にともせずに、私ははやてに笑顔を返す。
「・・・そんな顔せんといてや、何も言えんなくなるやないの」
「ごめん」
どちらともなく、私達は孤児院の外へと歩き出す。
「フェイトちゃんの生き方は、いつか大切な人ができた時に死ぬほど後悔するで」
「多分・・・そうだね」
「はぁ・・・はやてさんの心労は減ればそれだけ増えるし、もう勘弁してや」
肩を落として再びタメ息を吐くはやて。
「減ったのは、なのはって子のおかげだよね」
「そうや。今日はまだ時間も早いし、美味しい物でも食べながら話せんか?」
「でも・・・私は―――」
孤児院に遊びに行く事が最大級のご褒美である私にとって、これ以上の贅沢をするのは心苦しかった。
「フェイトちゃんが付きおうてくれへんかったら、そのショックで明日何かしでかしてしまうそうや。あぁ・・・どうしよう」
「付いて行きます。行かせてください」
彼女なら本気で何かやりかねない―――その言葉に言い様の無い不安を覚えた私は、急いではやての誘いに乗る。
「そうこなくっちゃ」
「はぁ・・・シグナムも大変だな」
彼女の補佐を努めるもう一人の友人の心労を思い、呟く。
「何か言った?」
「何でも無いです」

そして私達は、町へと続く平坦な道を歩き続けた。









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