静寂が心地良いと感じるのは、気持ちがすれているからかも知れない。
冬の夜空は藍色に染まり、どこか神秘的な雰囲気を帯びていた。
吐いた息は夜空に吸い込まれるように消えて、微かな温もりが空に伸ばした腕の先に触れる。
「……」
中学校の屋上へと上った私は、柵に胸を当てたまま染み込む様な寒さの中に身を晒していた。
この時期に午後七時を回れば部活動も終わり、校舎から人の気配はほとんど消える。
そんな寂しい場所に好き好んでいる私は、きっと変わり者なのだろう。
友達や恋人と時間を過ごす訳でもなく、家に帰って夕飯を家族と過ごす訳でもない。
こういっては何だけれど、一般の中学生よりも幾分忙しい身の私にとって、自由に出来る時間は貴重だ。
なのにこうして、意味も無く夜空を眺めている。
いや、もしかしたら無意識に何かを探していて、具体的に言葉に出来ていないだけなのかも知れない。
「……」
時折、こうして夜空を眺めては答えが見つかったか分からないまま、家へと帰る。
しかし何度か繰り返しているうちに、本当は悩みなど無くても行っているのではないかと感じるようになった。
その事について敢えて不明確にしているのは、その方が気が楽だからと言う、ただそれだけ。
そして今日もそろそろ、家へと帰ろう―――そう思った時だった。
「フェイトちゃん、何しているの?」
振り返った先にいたのは、中学校の制服に身を包むなのはだった。
任務でいない筈の彼女に驚いた私は、急いで適当な言い訳を探す。
「星が綺麗だったから、少し眺めていただけだよ」
多少苦しい言い訳だったけれど、なのはは深く追求することも無く納得してくれた。
「そうなんだ」
「うん」
「でも、フェイトちゃんってどこか一匹狼な所があるよね」
何の気無しに呟くなのは。
そして私も、特に意味を込めることも無く返事をする。
「なのはもそうだよ」
「そうかな?」
「うん」
「じゃあ…二匹狼だね」
「ふふっ、そうだね」
小さく笑うと、なのはがすかさず感想を口にする。
「やっといつもみたいに笑ってくれたね」
「そんなに変な顔してた?」
「変な顔じゃ無いけれど、心ここに在らずって感じだったから…」
「そっか…」
なのはは私の右隣まで移動し、私と同じく柵に胸を当てて先を見つめる。
「何を考えていたの?」
「うーん…何も無いよ」
正確にはなのはに言うほどの事は、なんだけれどね
「変なフェイトちゃん」
「変…かな?」
「変だよ。何か探したい事があって考えるものじゃないの?」
そう言って笑うなのは。
その瞳は全く他意を感じられない程に純粋で、私はそれに対して苦笑を返すしかなかった。
「…そうだね。その通りだ。」
「?」
君は何時だって変わらないね。
そんな彼女の側にいると、些細なことで道を振り返る自分がとても小さな者に思えてしまう。
「なのはは―――」
柵に背をつけて視線をあさっての方向に向けて、一拍置いて続ける。
「これから先、なのははもっと多くの人から必要とされる。その時にも変わらず、今のままでいるんだろうね」
「うーん、もし教導する立場になったら、鬼教官になっているかも知れないよ?コラそこ!! 停止位置から三センチずれてる!!…って」
思い切り眉を寄せる彼女に右手を上げて額に当て、敬礼で応える。
「申し訳ありません、マム!!」
「…ぷっ、あはははは!!」
真剣さが逆に反響を呼び、お互いに笑い出す。
しばらくして落ち着いたところで、私は再び口を開いた。
「楽しみだけれど、今が消えてしまいそうで…ちょっとだけ寂しいな」
「今日のフェイトちゃんはいつもよりセンチメンタルだね」
「そうかな?」
「そうだよ。だっていつも、余裕のある笑みでクラスの子達を手玉に取ってるでしょ?」
「そ、そんな事してないよ!!」
「私知ってるよ。校内にフェイトちゃんのファンクラブがある事とか、偶に靴箱にラブレターが入ってる事とか」
「う…うん」
「あっ、もしかして、それが原因で悩んでるとか?あまりに度が過ぎるようだったら言ってね、ちゃんと殲滅するから」
殲滅―――その言葉に、言い様の無い不安を抱く。
「それ、比喩だよね…」
「さぁ、どうでしょう?」
なのはの笑顔は可愛らしかったけれど、それ以上に怖かった。
「……」
会話が途切れてから、数分が経つ。
恐らく次に口にする言葉は、「そろそろ帰ろうか?」だろう。
毎日のように繰り返す、少しだけ寂しい言葉。
だけれど、今はその言葉を口にすることに抵抗があった。
なのはの言う通り、今日はセンチメンタルなのかもしれない。
そして数度逡巡した後、私は思い切って思いを告げた。
「なのは、何も言わずに…私を抱き締めて欲しい―――」
しかしその瞬間、突風が二人の間を駆け抜けた。
「きゃっ!!」
「っ!!」
思わず手で顔を隠す程の風はすぐに収まり、再び静寂が訪れる。
未練がましく躊躇った私は何とか気持ちに区切りをつけ、この時間に終わりを告げた。
「なのはと話せて少し落ち着いたみたい。ありがとう」
「あ、うん…」
「このままだと風邪引いちゃうし、帰ろうか?」
「うん」
踵を返し、階段のある方へと歩き出す。
すると、急に後ろから抱き付かれた。
「なの…は?」
首だけで後ろを振り返っても、私の背中に押し付けた表情は隠れていて、彼女の心情も理由も読み取れない。
「さっき言った『多くの人』の中に、フェイトちゃんは入っているの?」
「うん、いるよ」
「じゃあ…どれ位必要としているの?」
「え、えっと…」
「フェイトちゃんにとって私は、少し話をすればそれで済む位の、小さな存在なの?」
「そ、そんなことないよ!!」
「それじゃあ何で…もっと求めてくれないの?」
「え…?」
私はなのはに振り返り―――同時に、自分の行動を後悔した。
可愛らしく、時には凛々しい顔を見せる彼女の瞳から、大粒の涙が零れる。
「なのは!! 何で泣いて―――」
「フェイトちゃんの背中を見ていたら、どこか違う所に行ってしまいそうな気がして、気付いたら何だか寂しくなって……」
しゃくりあげるなのはを見ていられなくて、半ば強引に抱き締める。
数度震えた背中を優しく叩き、後頭部を優しく撫でる。
私の胸に押し付けた顔は再び見えなくなったが、心情は痛いくらいに分かった。



「フェイトちゃん…もういいよ」
「ダメ。なのはを泣かせた罪は重いから、まだまだ足りないよ」
今の状況を簡潔に説明すると、自宅に帰ってきた私は自分のベッドに座り、なのはを膝の上に座らせている。
ちなみに、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。
「そんな事言って、フェイトちゃんがしたいだけじゃないの?」
「うん、そうだよ」
「なっ…」
私の素直過ぎる回答に面食らったなのはだったが、すぐに持ち直した。
「それじゃあこれ以上―――」
「もっと求めていいんだよね?」
「な…うっ…あと少し…だけだよ」
「ありがとう、なのは」
不安にさせてごめんね。でも、なのはも同じ気持ちでいてくれて嬉しかったよ―――声には出さずに、なのはの頬にキスをした。









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